本企画は、過去にWashi+(舞台芸術を活用して土佐和紙の魅力を発信する団体)で作品を創作した振付家・ダンサーの鈴木竜さんの「また高知で作品創りたい」というところから始まり、高知県立美術館主催で公演させていただくことになったため、同じくWashi+に関わったことのある舞台音楽家の棚川寛子さんにもご一緒いただくことになりました。
さらに、俳優の井上貴子さん、植田崇幸さん、黒木佳奈さん、鈴木真理子さん、ジャズドラマーの福盛進也さんといった錚々たるメンバーの皆さんにご参加いただきました。
9月初旬から2週間ほどのリサーチに重きを置いた創作。
「土佐和紙」に関するリサーチは、楮の草刈りから始まり、農家さんや紙漉き職人さん、製紙工場で働く方などにお話を伺い、川の水に触れ、山を歩き、和紙に纏わる様々な体験のもと創作へと繋がっていきました。そこから生まれた土佐和紙のいとなみの中にある「いのち」というキーワード。
水、太陽、音、声……
短期間の稽古ながら舞台上に現れた作品からは、日々のいとなみの中にあるいのちが垣間見られ、見る方それぞれが心を寄せてくださる作品となりました。
このような時期に、沢山の方の支えのおかげで開催することができた奇跡の公演でした。
ご来場いただいた皆様、ご協力くださった皆様、ありがとうございました。
1000年のいとなみから生まれた音に、新たな生命を吹き込む身体
舞台中央に、どっしりと異彩を放つ存在感。鉄製の長テーブルよりも一回り大きな台(和紙の乾燥機)があり、それがギァイイイイイイと軋む音を立てて回転する。その回転に押し出されてダンサーの鈴木竜がゆっくりと転がってくる。まるで闇の中から、得体の知れない生命が生まれ出てきたみたいに。
不穏かつ美しい始まりであった『いとなむ』は、Washi+にとっても、演出・振付・出演の鈴木竜にとっても、これまでの積み重ねの結実となる公演だった。鈴木は2016年に、Washi+にて『風の強い日に』の演出・振付をおこなっている。その頃は力が入っていた。おそらく土佐和紙という1000年以上続く伝統工芸への気負いや、振付家としての経験の浅さがあったのだろう。その力みは真摯ではあったけれど、限られた視点からのみ眼差す頑なさもあった。
しかし5年を経た今回の公演では、構成の緻密さと丁寧さは変わらず、関わるさまざまなものを受け入れることによって多層的な作品となっていた。たとえばそれは、土地・伝統・生活・ダンスなど長い時間をかけて人々が繋いできたもの、共演者など身の周りの人達、長きに渡り土佐に流々と流れ続ける川……それらをあるがまま受け、繋ぎ、さらに舞台芸術の力によって息を吹き込むことで、新たな生命として形づくられたような舞台だった。
冒頭、雄大な時の流れを感じさせる時間が終わり、蛍光灯が点く。どこかの工場だろうか。乾燥機は作業台に見え、そこに3人のパフォーマーが金属製のお椀を並べていく。流れ作業のように淡々と。金属と金属のぶつかる音がガンガンと響く。規則的な音は重なり合い、美しい機械音の輪唱になっていく。まるで和紙工場での日々の作業が、いくつもいくつも積み重なっていく光景だ。きっともう1000年以上、この作業は行われている。
作中には、3人の語り部が登場する。月を掴もうとする男の落語(植田崇幸)。「老眼が進んできたんだよね」と舞台上で演奏するドラマー(福盛進也)と会話する俳優(井上貴子)。東京から田舎へ引っ越した女の思い出話(鈴木真理子)。3人いずれも、身近な生活の話題から、死や時間など大きな概念の話へと広がっていく。日々の営みは、大きな流れのほんの一部なのだ。
語り・ダンス・音楽。いくつもの表現が入り混じるなか、ほとんどのシーンで鈴木が踊っている。いつの時代のなんの話題のどんな状況でも、鈴木は踊っている。その身体は、何代にもわたり繰り返されてきた和紙作りの化身のように、また、丈夫な土佐和紙には欠かせない清流・仁淀川のように、1000年以上も続く「いとなみ」の間ずっとそこにある。
鈴木の身体とともに、日々のいとなみと1000年のいとなみを重ねていくのが、音楽だ。実際に和紙工場にあるいくつかの備品を楽器として使用し、さまざまな高さの金属音が重なっていく。おそらく和紙工場では日常的に聞こえる音がいくつかあるのだろう。それは時に機械的な淡々とした作業をイメージさせる。また時に慌しく打ち鳴らし、繁忙期の忙しさや、時代とともに仕事が無くなっていく焦燥感を煽る音にも聞こえる。遠い1000年前の景色が浮かんでくるような音が鳴り響いている。
今回の作品では、この鈴木竜(演出・振付)×棚川寛子(音楽)のタッグが大きな出会いだ。もし鈴木の身体だけであれば物質的すぎたかもしれず、棚川の音楽だけであれば抽象的すぎたかもしれない。両方があってこそ、日々の作業と、1000年も繰り返される時間が繋がっていると実感する。そしてそれらを、福盛進也のドラムが結び目としてきゅっと締めていく。
もうひとつの大きな役割が、白い衣装だ(デザイン:露口亜美、縫製:惠美尚子)。和紙にも見えるけれど、オレンジ色の照明を浴びると柔らかな川や光にも見える。一人ずつ踊れば、和紙になる前に水にさらされる原料(※煮熟されたコウゾなどの植物)かと思えるし、チリ(原料に含まれるキズや異物など)かとも思える。いつしか白い和紙のような服が、パフォーマーの肌と一体化してくる。和紙とは人間のことだろうか。クライマックス、これまで和紙作りといういとなみを繋ぎ続けてきたたくさんの人の声と身体が重なり、いとなみそのものの叫びとなる。そこに残る白い塊は、和紙/人間の残りかすなのか、純度の高い宝石なのか、わからないほど神聖で美しくどこか悲しい。
時は過ぎ、人も組織も伝統もなにもかも老いていく。しかし今もまだ誰かが和紙工場で、乾燥機を回し続けている。1000年の時間のなかで土佐和紙に関わるたくさんのものが大きなうねりとなり、新たな生命として舞台の上で息づいていた。
「より冷たい水の方が、丈夫で綺麗な和紙ができる」と和紙職人の方が言っていた。今にも凍りそうな水に、何度も何度も素手をつけ、和紙を作る。そうした土佐和紙づくりは、山に覆われた高知で自然にうまれ、育ってきたものだ。過疎化が進み、後継者が減り、和紙の需要がなくなってきても、このいとなみはまだ行われている。「明日どうなるかはわからないけれど、今日は続ける」という積み重ねだったとしても、今もずっと続いている。そうして生きながらえてきた土佐和紙を「ひとつの生命」だととらえ、鈴木は本作を作った。
この伝統を今後も続けていくのか。土佐和紙の生命を繋いでいくのか。
Washi+の活動は「明日どうなるかはわからないけれど、明日も続けられるように努めよう」という、意図的ないとなみだと思う。2015年に“舞台芸術を活用して土佐和紙の魅力をより広く多くの方に届ける”という目的で始まり7年。県外・海外のいろんな地域からアーティストを呼び寄せ、数週間の滞在中にともに和紙を作り、土佐和紙農家などにリサーチをおこなった。それがアーティストの血肉となり、たとえば鈴木にとっては「土地や人とともに作品を作る」ことの地盤のひとつとなっているのではないか。意思を持って「いとなもう」とする時、新たな生命がうまれる。その生命がアーティストとともに育っていく様子を肌で感じた作品でもあった。
2021年9月24日(金)開場19時/開演19時30分(アフタートークあり)
9月25日(土)開場14時30分/開演15時
土佐市複合文化施設つなーで ブルーホール(土佐市高岡町乙3451−1)
9月24日:193名、9月25日:115名(計308名)
Artists Profiles
鈴木竜
Dance Base Yokohama アソシエイトコレオグラファー。横浜に生まれ、山梨・和歌山・東京で育ち、英国ランベール・スクールで学ぶ。ダンサーとしてアクラム・カーン、シディ・ラルビ・シェルカウイ、フィリップ・デュクフレ、平山素子、近藤良平、小㞍健太、夏木マリなど国内外の作家による作品に出演。振付家としても多数の作品を発表しており、国内外で上演されている。神楽坂セッションハウスより第3回セッションベスト賞を受賞。横浜ダンスコレクション2017コンペティションⅠでは、「若手振付家のためのフランス大使館賞」、「MASDANZA賞」、「シビウ国際演劇祭賞」を史上初のトリプル受賞するなど、大きな注目と期待を集めている若手振付家である。
棚川寛子
演劇作品の音楽を作曲し、劇中で演奏する俳優への指導も併せて行う。フランスアヴィニョン演劇祭正式招聘作品として静岡県舞台芸術センター(SPAC)制作2014年「マハーバーラタ」、2017年「アンティゴネ」の音楽を担当。2017年、歌舞伎座での新作歌舞伎 尾上菊之助主演『極付印度伝マハーバーラタ戦記』の音楽を担当。2018年、フランス・コリーヌ国立劇場がシーズン開幕作を日本の劇団SPACへ委嘱した「Révélation 顕れ」の音楽を担当。他には小中学校、特別支援学校、児童養護施設等に於けるワークショップや、ポータブルな本格演劇「テーブルシアター」でも活動を続けている。しかし本人は正規の音楽教育を受けておらず、謂わばこの分野でのアウトサイダーアーティストとも言える稀有な存在である。
出演者
井上貴子
早稲田大学第一文学部卒。1993 年双数姉妹に入団以降、2013年の活動休止公演まで、 劇団の中心メンバーとしてほぼ全ての劇団公演に出演。その間1年間の、NY、ロンドンへの留学、シビウ演劇祭へのボランティア参加など、異文化との出会い、交流にも深い関心をもつ。また、西巣鴨創造舎における 『子どもに見せたい舞台』シリーズなど、子どもやファミリー層を対象とした先品にも多数出演。2016年に、俳優4人で演劇ユニット「へんてこドロップ」を立ち上げ、小学校や保育園等における作品上演の活動を開始。音楽の生演奏や、フィジカルな表現方法を盛り込んだ、大人も子ども楽しめる作品の創作を目指し、「いつもの場所を劇場に」をモットーに各地に演劇を届ける活動を続けている。個人としても、高知での公募の小中学生が出演する舞台作品の作、演出など、俳優という枠を越えて、活動の幅を広げている。<最近の主な出演作品>2019年「お兄ちゃんの樹」作・演出 高山広、「PAPER」(ワークインプログレス公演)作・演出 チョン・ツェ・シェン 2021年「あなた本当はアレですよね」作・演出 川崎悦子
植田崇幸
俳優、ダンサー、1990年生まれ、兵庫県姫路市出身。
桜美林大学在学中は演劇に明け暮れ、卒業と同時にコンテンポラリーダンス作品にも出演し、現在は俳優としてもダンサーとしても活動している。俳優として夏木マリ、小野寺修二、今井朋彦、谷賢一、山本卓卓、市原佐都子の演出作品に、ダンサーとして近藤良平、小㞍健太、北尾亘、鈴木竜、エラ・ホチルドの振付作品に出演。現在フリーで活動中。CoRich優秀俳優賞受賞(2010)
黒木佳奈
東京音楽大学ピアノ科卒業。在学中より、演劇活動を始める。現在は、特技であるピアノ演奏や琵琶の弾唱を活かしつつ、俳優として精力的に演劇活動を行っている。また最近では、東東京を中心に活動する自身の演劇ユニット・疎開サロンでは、拠点となる一軒家で喫茶店を経営中。黒テントアクターズワークショップ修了。
鈴木真理子
静岡県磐田市出身、在住。昭和音楽大学音楽芸術運営学科ミュージカルコース卒業後、2012年『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』(演出:宮城聰)よりSPACに参加。2020年『グリム童話〜少女と悪魔と風車小屋〜』(演出:宮城總)では主演の少女役を務める。その他には『真夏の夜の夢』、『アンティゴネ』(演出:宮城聰)、『サーカス物語』 (演出:ユディ・タジュディン)、 『変身』(演出:小野寺修二)などに出演。
福盛進也
大阪市出身。
2018年、ECMから日本人二人目となるリーダーアルバム”For 2 Akis”を世界リリース。2020年には自身のレーベ ルnagaluを立ち上げ、”Another Story”を発表。翌2021年には第二のレーベルS/N Allianceも設立し、プロデュース業にも力を入れる。独特で繊細なシンバルワーク、そして空間を自由に生み出し色とりどりに展開する演奏は世界中でも一目を置かれている。
Credits
主催:高知県立美術館、Washi+、La forêt、公益社団法人全国公立文化施設協会
共催:土佐市教育委員会
企画制作:Washi+、La forêt
インタビュー協力:尾崎製紙所、尾﨑伸安、田中求(高知大学教授)、鹿敷製紙株式会社、(株)四国わがみ、高知県立紙産業技術センター
協力:いの町立神谷小中学校、演劇ネットワーク演会、領木隆行
後援:高知県教育委員会、いの町紙の博物館、(社)高知県製紙工業会、高知県手すき和紙協同組合
舞台監督:出口裕家(有)イグジットオーガニゼイション
照明:中嶋敏雄(株)四国舞台テレビ照明
音響:佐藤こうじ(Sugar Sound)
衣装:露口 亜美(QUETICO)、惠美 尚子(Soluz)
宣伝写真:深田名江
記録映像:志和樹果
記録写真:釣井泰輔
統括プロデューサー:浜田あゆみ
制作:山浦日紗子
制作補佐:辰己ゆり